役割等級制度の現状と本質 [1/11]

聞き手:ビジネスガイド編集部


 最近,「役割等級」とか「役割資格」とかいう言葉を人事の分野においてよく耳にするようになりました。企業での導入もかなり進んでいるようですが,実はその定義そのものはあまり整理されておらず,中には職能資格制度と変わらないものだったりすることもあるようです。一方で,役割等級と職務等級とは何が違うのだろうという疑問も多くあります。そこで,役割等級制度について,(1)まず職務等級制度との違いを明らかにした上で,(2)なぜこれが今注目されるようになったのか,そして(3)他の諸制度および諸説との違いを,「役割等級制度導入・構築マニュアル」の著者である西村聡氏に伺いました。

職務等級制度の成り立ちと問題点

ビジネスガイド編集部(以下,「BG」): それでは,まず初歩的な質問かもしれませんが,「職務等級制度」との関係について,お話しいただけますか。

西村: 役割等級制度は,基本的には職務を基軸とするという点では職務等級制度と同じです。やはり,社員が企業に対して貢献するというのは,職務を通して貢献するわけです。必ずしも結果を求められない保有能力で貢献しているわけではありません。ですから,結局職務というものを基軸にしていることは確かです。そもそも職務等級制度とは,職務分析(これは社員1人が持っている仕事内容とその量を分析することです)によって現状の職位の分析をまず行い,これを職務編成し職務基準書や職務明細書で管理していくことが基本になっています。この意味において,制度構築に非常に手間がかかるんです。このため安定した職務でなければ運用管理が難しいという話しになります。

よく聞く話だとは思いますが,アメリカの職場では「職務記述書に書かれてないからやらない,隣の人の手伝いもしない」などと言われていますけれども,基本的には「職務記述書で指示された内容に従って仕事を行います」ということですね。管理者は,職務記述書に基づいて部下の職務評価,業績評価を行い統制をします。したがって,職務給はどちらかといえばトップダウン・統制志向的で,また,職務記述書は,社員に対してそれぞれの仕事状況に応じて必要なことをするように奨励するよりも,むしろ記述されたことだけやっておけばいいよといった,そういう傾向になりがちです。

極端な話をすると,ある上場会社で聞いたのですが,マネージャーの方が床に落ちているごみを拾ったんですね。すると,日本に来ていたアメリカ現地法人の役員が,その日本のマネージャーをつかまえて「何てことしてるんだ」と。ごみ1つがそういう発想で言われるぐらい,アメリカの職務記述書に基づく職務というのはおかしなことが起こってくるのです。

それから職務評価では,職位を階層的権力,統制,責任という観点から評価するため,職務評価を導入すると平等主義的な協力的風土が階層的,権力志向的な風土に変わっていく可能性が高くなるとも言われています。これからの企業経営の成功の鍵は,プロセス型戦略論(後述)でいう現場から上がってくる経験知を活用することにありますが,そのためには個々の社員が尊重され,その経験とアイデアの活用に対して報酬が与えられるという組織風土が必要となります。そういう意味からすると,職務等級制度というのは階層的で逆に作用するおそれがあります。

後でまた触れますが,1980年代後半からのアメリカが,「リエンジニアリング」によって活気を帯びてくる前に,日本の企業を研究するために,アメリカ政府からの使者がやってきました。そこで現場を見て驚いたことの一つに,「TQC活動」があったようです。現場でみんながワイワイガヤガヤやってるよと。しかも,給料ももらわずやってるよと。人の仕事であろうが何であろうが,皆で真剣に取り組んでいるじゃないかとね。アメリカにそういう風土があるのかというとほとんどなかった。アメリカはどちらかというと,職務記述書に書いてないことはやらないということが基本ですから,このような発想がなかったということもありました。しかし現在のアメリカでは,人事評価の際に,職務成果の評価以外に協調性(チームワーク)を評価するようになってきたと言われています。ですから,職務給の弊害というのは確かにこういう部分にあるのですが,アメリカもその部分は手直ししながら運用してきているというのが現状です。

「コンピテンシー」についても,このような中から生まれたんですね。これはあくまで行動に置き換えられた能力なんですけれども,とにかく職務制度の弊害を取り除くためにどんな行動をとればいいんだということを,コンピテンシーという言葉でアメリカは補完しているというように思われます。ではそのコンピテンシーを活用して給料が決まっているのかというと,実は未だ決まっていない。「コンピテンシー給の導入」ということが言われてはいますが,実際に導入されてる企業はおそらくほとんどないに等しいと言われています。そもそも職務給というのは,アメリカにおける人種差別という批判を避けるところから来ているんですね。「人を評価しないでおこう」というところから来ていて,要は仕事を評価することで,その差別という非難から逃れるという。それに対して,コンピテンシーというのは,人がどう行動したかという,人の行動のレベルが評価に入りますので,「コンピテンシー給」というのは導入しにくいわけです。差別を生むことになってしまうからです。できない人間を冷遇することになってしまいます。今後も余程のこと,例えばコンピテンシーがアメリカ全土に浸透して,全体がそういう制度で動かない限りはコンピテンシー給は広まらないと思います。

 また,アメリカで職務給を導入することによって賃金訴訟に勝てるんです。訴訟が起きたときに「われわれはA社の職務給を導入しています。だから世間(世界)的根拠があり,差別はしていません」と言えるのが,アメリカの職務給なのです。

 一方,職務給的な制度の導入を目指したところで,このような職務給を運用できる条件が日本にはありません。だから,「役割」という言葉や「コンピテンシー」という言葉を使い,無責任ないいとこ取りして何が何やらわからなくなってるというのがわが国における現状なのではないでしょうか。

2に続く


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講師紹介

孫田 良平 氏

NPO法人 企業年金・賃金研究センター 名誉顧問

講師紹介

(株)メディン
 代表経営コンサルタント
  西村 聡 氏 

NPO法人 企業年金・賃金研究センター 上席講師

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