役割等級制度の現状と本質 [9/11]

8より続く

役割等級制度の現状

BG: 役割等級制度といわれているものにも様々なものがあるとのお話ですが,これについてお聞かせください。

西村: 役割等級制度の現状については,非常におもしろい現象が起きています。日本ではそもそも「職務」の捉え方が明確ではなく,その人の能力を見てきたという歴史があります。このため「役割」という概念が従来の曖昧さをカバーできる言葉として,非常に注目されてきているのです。日本の論者は「職務」ということをどうも言いたくないんですね。識者がある雑誌の中で「役割そのものというのが『剛』の構造の職務ではなくて,職務を前提としながらより広めたり高めたり深めたりするという柔軟な職務概念と言い換えられる」とおっしゃっていました。これが役割についての明確な定義になっているかというと,なかなか定義とは言いにくいでしょう。

 また,「期待される成果を安定的に生み出すためには,組織の中に『役割』の分担があって,その『役割』には自ずと軽重があり,序列がある」,あるいは「職務は固定的・安定的で定型業務に適し,役割は創造的業務に適している」とおっしゃっている識者の方もいます。いずれにしても「役割とは」ということで,明確な定義は避けられているということが言えると思います。これはいかにも,成果責任を曖昧にしてきた日本的な都合の良い言葉が「役割」として現れてきたなと思われても仕方のないことですね。結果としてどういうことが現場,企業で起きているかというと,多くの企業で導入されている役割等級制度は,これまでの組織秩序を重視するばかりに,単純に役職階級,要は部長,次長,課長,係長,主任というような序列を役割と置き換えただけで設計しているものや,職能資格制度において創造的な職務だとされる管理職層にのみ,役割給,あるいは役割制度というものを導入しているものが非常に多いのが現状です。

 少し事例でお話しますと,B社は,職能資格制度を廃止して「ミッションバンド」という役割等級制度を導入しています。等級数も圧縮し,「ブロードバンディング」といわれていますが,これは先ほど私が申し上げたように,人事の側面だけを見たら,今まであった10等級を6等級に圧縮したというだけであって,会社の仕組みそのものは変えていない。要は,ビジネスプロセスの改革は行われず,人事管理の枠組みだけを変えたということなのです。これで成功するわけはありません。一部の従業員の賃金を圧縮して下げただけですから。

 C社の場合は,組合員には職能資格を,管理職層には役割資格をという2つの制度を併用しています。これは非常に微妙な話がありまして,よく「ダブルラダー」とか,「デュアルラダー」とか言われているものなのですが,多くは間違えて使われているような気がします。一般職層に職能でもって運用されている人間が,突然管理職になって成果が求められてやっていけるのかということです。要は,基軸(人事制度の基本的な考え方・思想)そのものはやはり成果主義でなければいけない。一般職層を含めて基軸はやはり成果主義であり,成果責任を求めるなら職務,あるいは役割という形で,制度を導入しなければ,多くの矛盾を生むだろうと思います。ちなみに本来の語意は同じ成果(役割あるいは職務)主義という基軸の上に,どのような職務や職務群コースがあるのか,それが2つならダブルラダーですし,3つならスリーラダーです。

 D社の場合は,職能資格制度を廃止して,経営戦略・組織戦略に基づいた役割等級制度を導入し,コンピテンシーでの実際運用を図っている会社です。この会社はアメリカに親会社があり,ビジネスプロセス改革においても有名で優れた企業として評されており,ある意味真っ当な役割等級制度の制度を導入した企業であろうと私は考えています。

 あともう1社,E社。これは,部長,店長,それから店長補佐という形で,もうそのまま,役職をそのまま役割等級という形に置きかえただけの会社もあります。ただし,その役割というのはじゃあ何なのかというと,先ほどのように「役職」というだけであって,何らその中身は昔と変わらないということが実態として挙げられます。

BG: 役割等級という名前で制度を導入していても,結局,本質は何ら変わってないっていうところが多いっていうことになる……。

西村: そうなりますね。目先を変えた,等級数を減らした,というだけのものが多いです。言葉として役割等級って使われている企業が多いということですね。

BG: 先生のおっしゃる「役割」という言葉の意味からすると,まずおおもと(経営戦略)ありきの話なのだから,人事部だけでいじれるものじゃない。

西村: 現状職務調査をかけて,現状の職務を洗い出しして,それに対して課題をプラスアルファするという発想もあるけれども,どちらかと言うと,それは現状を肯定した形になります。そうではなくて「今のシステム・仕組みはないもの」と考えた場合,お客様に対してどのような仕事の流れでどのような仕事の仕方をすればお客様は満足し,会社がよくなるんだろう,その会社の仕事の流れにはどんな機能が必要なんだろうと,その機能に対してはどんな仕事が必要なんだろう,といった思考からでないと,なかなか役割等級制度っていうのは構築できるものではありません。役割等級制度を導入するというのは非常に難しいことなのです。

 先日,150人ぐらいの規模の会社で社長をはじめ経営幹部・管理職の方に集まっていただいて今の会社の現状を整理しました。お客様に対してわれわれが満足を生んでいくためには,どのような仕事をしたらいいのということを議論し,一方で現状の職務調査をかけておいて,これに足らない部分を付加していく形で整理していきました。やろうと思えばいくらでもできるのですが,なかなかそういうところは怖くて触れたがらないですね。でも,人事を触らなくても成果があるんですよ。

 お客様に“気づく”だけでも違うし,ビジネスプロセスの改革をしようとするだけでも,業務処理スピードや人の動きが速くなるのです。つまり,仕事のやり方を変えざるをえなくなった結果として,成果が出るのです。これは人事の話ではありません

10に続く


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講師紹介

孫田 良平 氏

NPO法人 企業年金・賃金研究センター 名誉顧問

講師紹介

(株)メディン
 代表経営コンサルタント
  西村 聡 氏 

NPO法人 企業年金・賃金研究センター 上席講師

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